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「悲しみのバラード」ディー・ディー・ブリッジウォーター Sorry Seems to Be the Hardest Word

30年ほど前のある日、FMから心にグッと来る声の歌が聞こえて
きました。 当時、ニーナ・シモンの深い声も好きでしたが、
もっと若々しくて、歌うことが大好き、という感じにあふれた
声でした。

それが、ディー・ディー・ブリッジウォーターが歌う、
「悲しみのバラード」(エルトン・ジョン作)でした。



ディー・ディー・ブリッジウォーター(Dee Dee Bridgewater)は、
ハスキーかつブリリアントな声と、エモーショナルで豊かな
表現力、技巧的なスキャットによるインプロヴィゼーションなど、
現在もっとも歌唱力のある女性ヴォーカリストといっていい
でしょう。


1950年5月27日ミシガン州フリント生まれで、ハイ・スクール
時代にはヴォーカル・トリオを作って歌い始めていました。

1968年からミシガン州立大学で学び、ジョン・ガーベイの
ビッグ・バンドの歌手となります。

1970年、結婚を期にNYへ進出し、1972〜74年には
サド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラで活躍しました。

1974年にサド・メル楽団に同行して初来日し、そのときに
初リーダー作「アフロ・ブルー」を録音します。

当時23歳でまったく化粧っ気がなく、頭は坊主刈りという姿
(ジャケット写真に写っていますが、チャーミングです)と
その歌唱力が話題になりました。


その後、ブラック・コンテンポラリー・アルバムのリリースや、
ブロードウェイ・ミュージカルへの出演(74年の「ザ・ウィズ」
ではトニー賞受賞)など、芸歴をひろげていきます。

1983年、2度目の来日はジャズ歌手としてではなく、ミュージカル
「ソフィスティケイテッド・レディーズ」の主演女優として
でした。

1986年の『ライヴ・イン・パリ』で、更に表現力をアップして
ジャズに復帰します。


1997年の「ディア・エラ(エラ・フィッツジェラルドの愛唱歌集)」
は、グラミー賞最優秀ジャズ・ヴォーカル賞を受賞。

2002年4月に発売された「ディス・イズ・ニュー」では
ドイツ生まれの作曲家クルト・ワイルの作品をとりあげて、
話題になります。

2005年、フランスへ限りない愛と感謝の気持ちをこめて、
1986〜1999年にかけて居を構えたフランスへのトリビュート、
フランス語によるシャンソン作品集「フランスへのオマージュ」
を発表します。


たびたび来日して、ジャズ・フェスティバルやライブ・ハウスで
歌っていますので、彼女の歌を耳にされた方もいらっしゃる
でしょう。



1978年のアルバム「ジャスト・ファミリー」は、R&B、ポップス、
ロック、ジャズすべてのジャンルをクロスオーヴァーさせた
傑作です。

伴奏陣も超豪華でスタンリー・クラーク、チック・コリア、
ジョージ・デューク、ロニー・フォスター、レイモンド・ゴメス、
デヴィッド・T.ウォーカー、アルフォンソ・ジョンソン、
ハーヴィー・メイソン、アイアート・モレイラ .....

その中の「Sorry Seems to Be the Hardest Word」、実は
輸入盤を買ったので、エルトン・ジョンの「悲しみのバラード」
という曲だと分かったのは、かなりたってからでした(^_^;

こちらで聞けるので、どうぞお楽しみください。



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