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命の最期のともし火をピアノの音に「主よ、人の望みの喜びよ」カテゴリの記事一覧

命の最期のともし火をピアノの音に ♪   〜主よ、人の望みの喜びよ〜

「ブザンソン告別演奏会」というレコード(CD)があります。

告別演奏会といえば、亡くなられた方を偲んで開かれるものを
イメージしますが、この場合は違っていました。

もちろん、そのときは「告別」の文字はついてはいません
でしたが、ピアニスト本人の最期の演奏会となってしまった
からです。


33歳のそのピアニストは難病の白血病(悪性リンパ腫)に
かかり、アンセルメやミュンシュ等の多くの音楽家、
篤志家の援助をえて、当時新発見の高価なコーチゾンの投与に
よって小康を保ちながら、演奏録音がジュネーヴで行われて
いました。

しかしその治療の甲斐もなく、病は彼のからだを蝕んで
いきました。

そして彼は、激痛を伴う重病のなか、鎮痛剤を打ちながら、死を、
別れを意識した演奏会に最後の命のともし火をそそいだのです。

プログラムはバッハから始まりました。
病を感じさせない、スタジオ録音盤とかわらぬ澄み切った
演奏です。

1, パルティータ第1番(バッハ)
2, ピアノ・ソナタ第8番(モーツアルト)
3, 即興曲第3番(シューベルト)
4, 即興曲第2番(シューベルト)

そして、最後の曲目は、
5, ワルツ集(ショパン)

ときに、フッと意識が薄れたのかと感じさせる瞬間もありますが、
彼独自の配列による演奏が続きます。



しかし残された最後の一曲、第2番を弾く体力はもう残って
いませんでした。

これでリサイタルも終わりかと聴衆が見つめる中、その指から
流れてきたのはバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」でした。 
それが、リパッティがこの世で最期に奏でた曲でした。

幸いにもその場に居合わせた人々のだれもが、静かな感動と
喜びで満たされたことでしょう。

この曲は録音されませんでしたが、スタジオ録音盤があります。

9月16日のこの演奏会の3ヵ月後に彼は亡くなりました。


ディヌ・リパッティ
(Dinu Lipatti, 1917年3月19日 - 1950年12月2日)は、
ルーマニアのピアニストで、その端正で高貴な香りと
清潔な詩情が心をうつ演奏は、半世紀を経た現在でも
色あせることはありません。

「神によって、ほんの束の間、貸し与えられた楽器」と
言われています。



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